法の支配とは、イギリスの歴史から生じてきた考え方です。
それは、1215年のマグナカルタから始まります。
当時の裁判官ブラクトンの「国王と言えども神と法の下にある」という言葉は、
法の支配の芽生えが見られます。
また、マグナカルタは貴族の特権を国王に認めさせるものでしたが、
国王の権力を法によって制限しようという発想としては、
17世紀のロックなどの社会契約説にも通じるものがあります。

社会契約説では、国家が出来る前の自然状態を考えます。
目には見えないけれども、自然状態から法が存在していて、その法は
神の法、理性の法であって、人々の自然権を守るものでした。
そして、この法、自然法が存在するという考え方を自然法思想と言います。

では、目に見えない自然法はどうやって見つけるのでしょうか?

実は、裁判の審理の過程が、埋もれている自然法を発見する
過程であり、自然法は、判決の中にあらわれると考えられました。
そこで、この判決が集まって判例法となり、コモンローとなっていきました。
そして、このコモンローに反する法律は、自然法に反し、効力を持たない
と考えられました。

法の支配とは何か、というと、
「立法、司法、行政の全ての国家権力が、人権保障を認めた正しい法に拘束されること」
と定義されます。

法の支配では、単に国会で成立した法という形式面だけでなく、人権保障を認めている法であるという法の内容面も重視します。

それは、法の支配における「法」は、「自然法」に基いていなければならないからです。
つまり、「悪法は法ではない」のです。これは、後で述べる、法治主義との大きな違いです。