1.王政復古(1660)→ステュアート朝の復活

1)チャールズ2世(位1660~85)

プレダ宣言を発表し、帰国・即位した

②仏王ルイ14世とのドーヴァーの密約(1670)により、旧教の復活を企てたため、議会は審査法(1673)を定めて非国教徒の公職就任を排除し、人身保護法(1679)を可決して不当な逮捕・投獄を禁じた

2)政党の起源

①チャールズ2世後の王位継承をめぐり、王権を擁護するトーリー党

→貴族・地主が中心で国教徒が多い

議会の権利を主張するホイッグ党

→産業資本家が中心で非国教徒が多い

2.名誉革命

(1)チャールズ2世の弟のジェームズ2世(位1685~88)は、専制支配を行い、信仰自由宣言で旧教の復活を企てた

(2)議会は、1688年ジェームズ2世を廃位し、新教徒の長女メアリとその夫のオラニエ公ウィレムを国王に迎えた

(3)1689年、2人は議会の発した「権利の宣言」を承認し、メアリ2世・ウィリアム3世として即位し、「権利の章典」として制定

3.議会政治の発展

(1)ハノーヴァー朝の成立

①イングランドとスコットランドが合併(1707)して大ブリテン王国を樹立したアン女王(位1702~14)の死後、

②1714年ドイツからジョージ1世が迎えられて成立

(2)責任内閣制

①ジョージ1世は、ホイッグ党のウォルポールに国政を一任

②「王は君臨すれども統治せず」の体制が確立した(1721