1.第1次選挙法改正

①1832年、ホイッグ党グレイ内閣腐敗選挙区を廃止。

政治腐敗いやさに(1832)選挙法改正」→有権者50万人(3%)から81万人(4.5%)に。新たに有権者になった階層は、産業資本家

腐敗選挙区…人口2000人以下の選挙区をいう。約200選挙区あり、たった5軒しかないオールド・サムルという選挙区もあった。ダニッチという町は大部分水没していたのに選挙区が認められ、人口数万の新興都市が選挙区として認められていなかった。

 

2.チャーチスト運動(1837~58年頃・約20年間にわたる参政権要求運動)

①第1次選挙法改正では、労働者は有権者になれなかったので怒った。

人民憲章(People’s Charter)を掲げて運動。

②要求内容は、a.成年男子の普通選挙、b.無記名投票、c.議会の毎年改選

d.議員への歳費支給、e.議員の財産資格廃止、f.均衡選挙区制(定数是正)

 

3.第2次選挙法改正

1867年、保守党ダービー内閣が、ブルジョワと対立している自覚的労働者の側に立って(敵の敵を味方につける)、選挙法を改正。都市労働者約110万人が新有権者に。「保守党やむなく(1867)労働者を味方に

 

4.第3次選挙法改正

1884年、自由党グラッドストン内閣(第2次)が、農業従事者に選挙権を認めた。農村の保守層を自由党が味方にした。「農民残しちゃいやーよ(1884)

1911年、議会法を制定。下院の優越を明確にした議会政治史上画期的な法律。

これは、グラッドストンが苦心して下院を通したアイルランド自治法案を上院が否決したので、その権限を削るためにやった。

 

5.第4次選挙法改正

1918年、自由党のロイド・ジョージ内閣のもとで、男子普選と30歳以上の女性参政権が認められ、600万人の女性が有権者になった。このときの国王もジョージ(5世)だった。第一次世界大戦に挙国一致体制をつくり、大戦のために女性を動員、また戦費調達のために金持ちに徹底的な課税を行った内閣でもある。

 

6.第5次選挙法改正

1928年、すべての21歳以上の男女に選挙権。

ひとつ国は(1928)みんなで支えよう