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フランス革命
1.革命の原因
(1)革命前夜→アンシャン・レジーム(旧制度)
①第一身分(聖職者)・第二身分(貴族)の特権身分は、重要官職を独占し、免税特権や領民支配権をもつ。
②人口の98%近くの第三身分(平民)は、無権利で、市民・農民ともに、上・中・下の階層に分化していた。
(2)絶対王政批判…啓蒙思想・アメリカ独立への共感などに由来→「第三身分とは何か」(シェイエス)
(3)財政再建
①ルイ14世以来の対外戦争・アメリカ独立革命への介入などで、国家財政は破綻
②ルイ16世の財務総監となった重農主義者テュルゴーや銀行家ネッケルらの財政再建は失敗
2.革命の勃発
(1)三部会
①1789年5月、ヴェルサイユ宮殿で開催、議決方法で特権身分と第三身分が対立(特権身分は、身分別議決、第三身分は、個人表決を主張)
(2)国民議会
①第三身分の代表により成立。テニスコートの誓いを経て、特権身分の進歩派も合流し、憲法制定議会と改称
②ルイ16世が国民議会の武力弾圧を企図したことから、7月14日にパリ民衆が、バスティーユ牢獄を襲撃し、暴動が全国に波及
3.革命の流れ
(1)国民議会(1789.6~91.9)
①指導層…ミラボー・ラファイエットら自由主義貴族や富農・上層ブルジョワジーの立憲君主主義者が指導
②封建的特権の廃止宣言(1789.8.4)…十分の一税や領主裁判権の無償廃止(しかし、封建地代は有償廃止だったため、農民の解放は不十分だった)
③「人権宣言」(「人間と市民の権利宣言」)の発布(1789.8.26)
→ラファイエットらが起草、アメリカ独立宣言やルソーの思想的影響を受けている
④ヴェルサイユ行進(十月革命)→王家一家をパリへ移転
⑤共和派の台頭
a.ヴァレンヌ逃亡事件(1791.6)…国王と王妃マリ・アントワネットの墺への逃亡失敗
b.ピルニッツ宣言(1791.8)…オーストリア皇帝とプロイセン王の対仏内政干渉
⑥1791年憲法(1791.9)→フランス初の憲法
4.立法議会(1791.10~92.9)
(1)議会
①フイヤン派(立憲君主派、自由主義貴族・富裕市民)
②ジロンド派(温和共和主義派、商工業ブルジョワジーの支持)
③ジャコバン派(急進的共和主義派、農民・小市民・労働者の支持)
(2)革命戦争
①1792年3月に成立したジロンド派の内閣が対墺宣戦
②普・墺連合軍のフランス侵入に対して義勇軍が編成された
③八月十日事件(1792)…ジャコバン派の主導でパリ民衆・義勇兵がテュイルリー宮殿を襲撃して国王を幽閉し、王権を停止
5.国民公会(1792.9~95.10)→男子普通選挙による一院制議会
(1)第一共和政
①王政廃止と共和政宣言(1791.9.21)
②ルイ16世の処刑(1793.1)→英首相ピットの提唱で第1回対仏大同盟結成(ヨーロッパ諸国家間の反仏・反革命の同盟)
(2)ジャコバン派の恐怖政治
①五月三十一日の革命(1793)で、ジャコバン派の左派(山岳派)が、サンキュロット(下層市民層)の支持で、ジロンド派議員を追放
②マラーの死後、左派のエベール、右派のダントンらをロベスピエールが一掃して独裁を展開した
☆革命政策
①ジャコバン憲法(1793)→未実施
②最高価格令
③封建地代の無償廃止→自営農民の最終的解放
④革命暦(共和暦)の制定
⑤徴兵制の実施
⑥理性崇拝(最高存在の崇拝)の宗教
(3)テルミドール反動(1794.7.27)
①ロベスピエール派を処刑し、恐怖政治は終結
②国民公会は温和共和派のテルミドリアンが掌握
(4)1795年憲法の制定(共和国3年の憲法)
6.総裁政府(1795.10~99.11)→ブルジョワ共和政府
(1)不安定な国内情勢
①王党派の反乱
②秘密結社「平等者」を組織し、私有財産制廃止を唱えるバブーフの政府転覆の陰謀(1796)
(2)ナポレオン・ボナパルトの登場
①第1回イタリア遠征(1796~97)でオーストリア軍を破り、カンポ・フェルミオの和約(1797)→第1回対仏大同盟崩壊
②エジプト遠征(1798~99):英とインドの連絡路遮断の目的で遠征、アブキール湾の戦い(1798)で英のネルソンに敗北
→英相ピットの提唱で第2回対仏大同盟結成
③ブリュメール18日のクーデタ(1799.11.9)で、総裁政府を打倒し統領政府を樹立
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