まず自由とは何でしょう?
自由というのは、人が、自分のなりたい自分になるために
生きたいように生きるために、何者からも邪魔されないことが必要だ
という建前のことです。

 では、自由はどこまで許されるか?
原則としては無制限に認めるのが筋が通っていると思います。
アメリカ独立宣言を書いたジェファーソンは言っています。
「濫用できない自由はもはや自由ではない」と。
自由は濫用できる自由を含むと私も思います。


Statue of Liberty / Charles Sporn

 では平等とは何でしょうか?
平等というのは全ての人が同じ価値をもっていると見ることをいいます。
全ての人は、人間であるがゆえに最高の価値を持っているのであり、
みんなが最高という意味で、平等の価値を持っていると見るのです。

 さて、ここからが大切です。

確かに全ての人の自由を平等に認めるのが最も理想です。
でも、全ての人に無制限に自由を認めると国家は成り立ちません。
そこで、一部の人の自由を認めれば、不平等を生じます。
また、みんな同じにしてしまったら、今度は自由がなくなります。

このように、自由と平等とはお互いに矛盾衝突することがある
ということを覚えておいてください。

 では、この矛盾衝突をどう解決しましょうか?
それには、自由と平等よりも価値のある概念から考えればいいのです。

それは何でしょうか?

それは、「個人の尊厳」です。
自由や平等という人権の根拠は「個人は固有の尊厳を持っている」ということにある
とする考え方です。この考え方によれば、神の法とか自然法とかに頼らなくても、
「人権が大切である」ということを簡単に説明できることになります。
この考え方を「個人主義」と言います。


United Nations / CoreMedia Product Demo

 この考え方は、国際人権規約の前文にも述べられていますし、わが日本国憲法の13条にも
「すべて国民は、個人として尊重される」と定められています。

わが日本国憲法は、「個人の尊厳」を最高の価値と認め、憲法13条第2文で
「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、
立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定めています。

つまり、わが憲法においては、「個人の尊厳」が最高の価値であり、
自由や平等は「個人の尊厳」をしっかり守るための手段であるということです。
したがって、自由と平等が衝突した場合、どちらを尊重すればより個人の尊厳が
守れるのか、という視点で考えましょう!

Clearfile of The Constitution of Japan(freedom of religion)

 そして、現代は、多数派の横暴を憲法で抑え、なるべく少数派の自由や権利を
実現していこうとする、リベラル・デモクラシーの時代だと言われています。
とすると、出来る限り、平等よりも個人の自由を認める方向で考えていくことになるでしょう。