(1).1945年、GHQによる経済の三大民主化政策として行われたのは、財閥解体、農地改革、とあと一つは何?

答:労働組合の育成

(2).1945年に制定された労働三法のうちのひとつは何?

答:労働組合法

(3).1946年に制定された労働三法のひとつは何?

答:労働関係調整法

(4).1947年に制定された労働三法の最後のひとつは何?

答:労働基準法

(5).1947年1月、時の吉田茂首相が、年頭あいさつで、労働組合に対する非難ととれる言葉を述べたが、それは何?

答:「労働組合の不逞の輩(ふていのやから)」

(6).これを労働組合に対する非難と受け取った組合側が、2月1日に全国で一斉にストライキ(ゼネラル・ストライキ)を決行するという宣言をしたが、この宣言をした当時の国鉄職員だった全官公庁労組拡大共同闘争委員会の委員長は誰?

答:伊井弥四郎

(7).結局「二・一ゼネスト」は決行された?

答:中止された

(8).何故中止になったの?

答:GHQが中止命令を出したから

(9).この後も労働運動はさかんだったので1948年8月、マッカーサーは、当時の芦田内閣に書簡を送り、政府はこれにより公務員の争議権をはく奪する命令を制定することになるが、その政令は何?

答:政令201号

(10).  政令201号は、その後、ある法律に取り込まれ、公務員の争議権を制限することとなるが、その法律とは何?

答:国家公務員法、地方公務員法

(11).この政令のように、GHQの指令によって、国会の制定する法律ではなく内閣の制定する政令などの形で、法律と同等の効力をもって制定された命令を何という?

答:ポツダム命令